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2010/01/05

クルマ選びは未来を選ぶということ

〜消えゆく名門自動車ブランドたち〜
●ゼネラル・モーターズは、既に昨日となった1月4日を期限に、サターンとポンティアックの在庫一掃セールを行った。
具体的には全米各地のカーディーラーが、7000ドルのインセンティブと引き替えに新車のサターンやポンティアックを購入。こうしてクルマ販売の流通網に乗った各車両は、エンドユーザーへ、いわゆる新古車として販売される仕組みとなる。

●2009年度末時点で、サターンならびにポンティアックの新車在庫は2万台を大きく割り込んでいるが、これにより、全米におけるサターンとポンティアック全車が一掃され、以降、新車としてのサターンとポンティアックは存在しなくなる。

〜自動車王座の分岐点となったクルマ〜
●サターンとポンティアックは初登場時に、双方共まさに一世を風靡した自動車ブランドだった。
サターンは、現役自動車ユーザーの記憶に新しいと思うが、1980〜90年代に日本車を筆頭とする外国車に対して劣勢だった同社が、それらに真っ向勝負を挑むべく造られた。

●その車名はアポロ計画支えた有人月ロケット名を冠したもので、この単一ブランド車のためにゼネラル・モーターズは、テネシー州スプリングヒルに鋳造・ボディプレス・組立・塗装のすべてを網羅した10キロ平方メートルにも及ぶ広大な生産工場を建設した。

〜クルマ造りの国際標準が激変した〜
●本来、ゼネラル・モーターズのクルマ造りは、エンジンやトランスミッション、ボディ等の個々部位や構成パーツを、異なる離れた全米各地域で製造。最終的にすべてを一拠点に集約して組み立てる格好が常であったので、サターンのクルマ造りのスタイルは、米国のみならず世界の自動車業界に驚きを与えた。

●工場内も空調が完備、職場環境としても経営側と労働側の垣根を低めた米国内の自動車工場の体裁として極めて異例のもの。おまけにクルマの販売スタイルも、サターンという単一ブランドのみを販売する店舗網を新構築。このスタイルは日本国内でも踏襲されていた。

〜100年前に記念すべき第一歩を記す〜
●一方、サターンに比べ、ポンティアックの歴史は、それよりも遙かに旧く、時代の流れを1925年にまで遡らなければならない。
1920年代頃は、低価格を売りとしていたT型フォードが、永らく販売2位につけるシボレーを大きくリードしていた時代で、馬車製造を源流に流麗なスタイルを競ったコーチビルダーが「他とは違うクルマを求める層」から熱い期待を受け、持てる技術の粋を競った時代でもあった。

●また当時は、自動車が一般市民に広く受け入れられ、低価格車市場が爆発的に活性化、そんな時節の要請を受け、T型より華やかな後継車としてモデルAが1927年に登場したり、クライスラーからは、メイフラワーの到着港にあやかったプリマスが登場(1928年)した時期でもある。

〜ゼネラル・モーターズを支え続けたブランド〜
●既にゼネラル・モーターズでは、創業者のビリー・デュラントが、同社を二度にわたって追われた直後で、500ドル余りで売り出していたシボレー・ロードスターと約900ドルで販売されていたオールズモビルの間を埋める中間車種として当時の社長、アルフレッド・スローンが命じて造られた。

●ポンティアックという名前は、同車開発の拠点であるミシガン州ポンティアックにあやかったもの、さらに遡るとその名前はネイティブアメリカンの酋長がその祖となる。
以降、ポンティアックは、21世紀を迎えるまで永らく、ゼネラル・モーターズの自動車販売台数で車両ブランドとして上位をつけていたが、その名も2010年を迎えた当月、新車販売のブランドとして消失した。

〜再び迎えた量産自動車の黎明期〜
●考えてみれば1920年代という時代は、そうしたガソリン自動車と共に、スタンレーからは蒸気エンジンを搭載したドーブルという名のクルマもごく普通の一般車として街を疾走していた。
当時、多彩な動力源を持つクルマがあった、いわば「量産自動車の黎明期」にあって、ガソリンエンジンを搭載しない蒸気による動力源を持つクルマが、アメリカの街を走った最後の時代でもあるのだ。

それから90年を経た今日。自動車の代わりとなる特筆すべき公共交通機関も持たず、かつある意味、不自由なほどの広い国土を持つ米国に於いても、同国民はようやく自然と共生して生きていくことを学び始めている。ゼネラル・モーターズとクライスラーが破綻し、米国の交通社会を支えた名車が消えていくことは、この米国で100年間続いた自動車パッケージの終わりを象徴しているようだ。

〜トヨタのハイブリッド戦略に生じた迷い〜
●翻って日本では、2代目プリウスを仮想敵としたインサイトが2月に登場、以降10ヶ月で8万1316台を販売(米国は1万8933台)。5月から販売された3代目プリウスは、2009年11月までで18万6300台を売り上げた。

●そして迎えた2010年。ホンダはシビック・アコードと2種のハイブリッド車を投入予定。日産もフーガハイブリッドの投入が目前だ。
迎えるトヨタは総勢14のハイブリッド車を持つが、さらに3列シートを備えたミニバン系、小型車ベースのハイブリッド車を追加投入を計画している。ただ先行しているトヨタは、2期連続営業損益の赤字を食い止める命題を抱えていることを含め、心の内には十八番のハイブリッド車戦略に迷いが生まれている。

●インフラ面では、日本ユニシスが青森県で行う通信ネットワークを組み合わせた充電インフラシステム。既に2008年にオープンしている越谷市・越谷レイクタウンの電気自動車向けの急速充電施設など、全国でPVHだけでなくEVや電動バイクもカバーした充電施設の整備が進む。

〜体力を蓄えつつあるトヨタのライバルたち〜
●トヨタやホンダを眺めながらも自社の戦略上、一足飛びにハイブリッド車をパスし電気自動車へと走る日産は、2009年暦年で新車販売1300万台と急拡大する中国市場下で、前年比約20%増の70万台と大きく伸び悩むトヨタを尻目に、前年比約28%増の90万5000台の販売見通しを打ち出した。

●本来は2012年の照準として設定していた中国内販売100万の大台も早くも目前、着実に企業体力を蓄積しつつある。そして本年末には、そんな日産から、いよいよ電気自動車リーフが世界市場に向けて投入される計画だ。

〜選択肢はEVか、HVか、PHVか、それとも…〜
●新たな年を迎えて、想いを新たにしなければならないのはその実、毎年のことなのだが、自動車市場では本当に2009年までとは異なる全く新しい時代を迎えようとしている。
公共の交通網のない米国社会では、自動車がなければ、そこで暮らし続けることは国難となるが、日本では都市部を中心にクルマのない生活を始める層も決して珍しくない。

●そうしたなかで自動車の新たなパッケージを求めた時、その動力源にカーユーザーはどれを選択するのか。化石燃料という安く豊富なエネルギーに支えられた文明が限界にきた21世紀初頭。その選択には、個々ユーザーがひいきにする自動車メーカーの命運以上に、今後の100年へと続く自動車社会構築のための1年目という重みが含まれている。

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