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2008/11/15

自動車業界の閉塞感の源泉

〜米国での自動車生産体制の苦悩〜
●米国では、金融機関が抱える不良債権を「公的資金で買い取る」金融救済新法実施が加速している。
新法制定に伴う買い取り総額は、当面2年間で7000億ドルと伝えられているが、実際の総額では米国の1年分の軍事費に該当する1兆ドルを大きく超えるだろう。
ちなみに目下、米国が抱える財政赤字総高は約10兆ドルだが、公的資金投入など景気浮揚策にともなう投資でさらに赤字が膨らめば、国際通貨としての威信はさらに低下し、安定した資金を求める新興国や資源国が米国債の購入を差し控えることは確実で、いよいよドル急落のシナリオが現実味を帯び始めている。

●そんな米国では、当初、経済危機に伴い自動車などの「耐久消費財の購入意欲が削がれる」と考えた経済アナリストが多かった。
しかし実際にはクリスマス商戦に突入したのに関わらず、むしろ日常の衣料品など生活消費分野に対してさえ消費者の購買力が低迷。
同影響下でホンダは、北米におけるSUV等の生産計画を当初計画より9万台下方修正。トヨタも米ミシシッピ州で建設中の完成車工場の稼働を2011年以降に延期。日産自動車へボディパーツを供給しているプレス工業も、米国第2工場を年内に閉鎖する。等、日本の自動車メーカーの戦略は大きく軌道修正を強いられている。
ただし日本メーカー各社は自動車の現地生産体制を確立して久しく、米国内で一定の信頼と市民権を勝ち得ている。ゆえに将来の日本叩きを防ぐ意味合いからも、現実には安易に現地従業員の切り捨てには踏み切れそうにない。

〜大企業のエゴだけでは解決しない事柄〜
●ちなみにこのような生産台数減に伴う危機は、米国のみならず日本メーカー各社のお膝元でも起こっている。
「トヨタ九州」がある福岡県宮若市では、同社から得られる予定だった来年度の法人市民税が前年見込みの6億7千万円から300万円に急落しているし、トヨタ車体は「派遣労働者を期間従業員へ切り替え継続雇用する」という違法騒ぎが発生。全国各地でトヨタが推し進める期間従業員の契約継続の大量打ち切りは、マスコミでは全く報じられていないが、日本国民の労働環境を守るべき役割を担う厚生労働省ならびに対象地方の労働監督行政下において、大変な混乱を与えている。

●米国の場合は、企業経営者の自由を守るために労働者を守ることを放棄した法律体系を持ち、未だに世界の先進国の中で唯一の異端児を演じ続けている。
しかし日本の労働行政は、欧州を範にした本来の国際水準を遵守するスタンスであるから、労働インフラへの打撃を与える行為は、現実的にはトヨタ1社の考えだけではそうそう簡単には実行できない。
つまりこれまで米国が唱えてきた数多くのグローバルスタンダードは、いずれも米国のひとりよがりの一国主義の産物に過ぎず、これからは「米国追従」という眼鏡を掛けたままの単眼的視野では、日本が世界においてどのような立ち位置にあるかを判断すること、さらに国際社会に対して日本がどう対処していけば良いのか、自動車業界にとって何か正しく、何を成すべきかが一向に掴めずに終わるだろう。

〜自動車ファンは単眼的視野を捨てるべき〜
●こうしたことは、実のところあらゆる領域においても同様で、自動車技術動向も複眼的・多角的に時流を捉えていくことが重要だ。
例えば昨今の自動車エネルギーの環境下では、有機ハイドライドによる独自の水素貯蔵技術を持つ札幌のフレイン・エナジー社が、英プロセス・イノベーション・センターと水素インフラプロジェクトを共同推進する契約を締結。欧州における新エネルギーの供給体制に対して多大な貢献を行うべく開発準備を精力的に進めている。
一方、セグウェイ発明者のケーメン氏は、2000年に製造中止された電気自動車「Ford Think」をベースにリチウム電池とスターリングエンジンを搭載したHVを発表。これをノルウェーの会社が製品化に名乗りを上げている。さらに米SEMAショーでは、水を電気分解することで取り出した水素をガソリンと混燃させることで、燃費を15%〜33%向上させるツインターボエンジン搭載の450馬力スポーツカー「Scorpion」のお披露目が行われた
いずれも自動車メーカーが表立って主導する動きではないが、水素スタンドの設置体制すら見えず、未だ実用化にはほど遠い未来の燃料電池車に想いを馳せるより、これらのほうが、より具体的な明日を見据えたテクノロジーなのかも知れない。

●人に対する認識も同様で、単眼では過去のステレオタイプの認識を決して超えられない。
例えば、ここ数日、トヨタの奥田碩相談役の発言に対してマスコミの批判が集中している。しかしだからといってトヨタを刷新した彼の功績が色褪せる訳ではない。
また日産自動車を劇的なV字回復させたとマスコミに絶賛されたカルロス・ゴーン氏も、つまるところ技術的には米国流の減損会計を導入。日産自動車の財務管理上で徹底しただけであり、日産を知り尽くした前任者の塙義一氏が行えなかった日産の体質改善を実行に移した功績はたたえられるべきではあるが、企業立て直しのテクニックとして実際には特筆すべきものがあった訳ではない。
かつて米国ビジネスウイーク誌で優れた経営者のひとりとして選ばれた出井伸之氏は、なんと最近、同じ媒体で今度は世界のワースト経営者のひとりに選ばれている。
奥田氏もゴーン氏も出井氏も、人としてすべてにおいて優れた資質を持っている訳ではなく、極端に言ってしまえば経営者の立場で「その時やるべきことをやったまで」に過ぎない。

〜情報を選ぶこと・多角的に捉えること〜
●昨週はカー・オブ・ザ・イヤーで現時点で発売されていない意外なクルマが栄冠を獲得した。
こうしたアーワードついて筆者は数年前に日本国内の自動車アワードについて上稿したが、もはやマスコミからの情報が唯一無二の真実として語られた時代はとうに過ぎ去り、格式が売り物だった年に一度のアワードですら個々の消費者にとっては、今や断片的な情報のひとつに過ぎなくなった。
このような一方的なひとつの情報だけを真正面から受け止めているだけでは自動車業界の全体像が一向に見えていない。
マスコミの発信する情報に追従していけば安心という姿勢は、もはや不健全で格好悪いことなのだ。情報洪水のなかで屈せず自分の信念に従う方が、マスコミ報道に追従するよりも格好良いと、多くの自動車ファンが思い始めた。最近の自動車業界の閉塞感の源泉は、こうしたマスコミ主導環境の破綻にある。

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2008/11/09

GM・クライスラーの再生・反撃のゆくえ

〜世界の自動車社会を牽引してきた100年〜
●米国は、1906年に3万3200台の乗用車を造りフランスを抜いて以降、ほぼ1世紀に迫る80年以上もの間、自動車業界という社交界において常に名士であり続けてきた。
それは良くも悪くも文化面で、ドライブインやモーテル、メガストアなど道路に付帯した商業施設や商業圏を形成・確立させたこと。自動車の走行環境と言う機能面の構築でも、多層構造のパーキングシステムやパーキングメーター、現代社会でごくあたりまえになった信号機のある交差点、複数車線を持つ自動車専用のフリーウェイの存在など、今日、多くの国でデフォルトとなった自動車を取り巻く生活環境造りを担ってきたという歴史の裏打ちがある。

●そんな米国も今から200年前の1800年代初頭においては、広大な国土と可能性を秘めているとされる今日の中国と同様、大西洋を隔てた地の果てにある「途上国」のひとつに過ぎなかった。
その当時、世界の技術革新の中枢は欧州に集中しており、1700年代半ばに蒸気技術を足掛かりに英国圏で始動した産業革命も、その影響力が米国に及ぶまでには、およそ半世紀以上の時間を必要としたのである。

〜約束の地で育まれた自動車産業の礎〜
●当時の米国は、同年代の日本と同様、輸送手段としては陸路よりも河川の方が遙かに優れていた時代で、また大半の工業製品は欧州からの輸入に頼り切っていた。
そんな米国の自動車社会の曙は、日本での山羽式乗合自動車と同じく商用車からスタートを切ったものではあるが、その時期は日本の自動史の黎明期よりも1世紀以上も前の1805年にさかのぼる。

●現代IT産業のメッカであるシリコンバレーと同じく、1800年代当時の米国には、現在のデトロイトとは異なる自動車創造の集積地があった。それはニューイングランド6州のひとつであるマサチューセッツ州で、米国の自動車産業の基礎はここで築かれた。
具体的には1805年に時の大統領であるジョージ・ワシントンの肝入りで、ネイサン・リードが設計した蒸気推進車両が市街を走り、1826年のトーマス・ブランチャードによる8人乗りの乗合自動車の誕生を経て、1840年に英国人技師のホウルラプセイ・ホッジの手になる自走式消防車が米国の街を走り始めている。

●現代の米国産業の礎を築いたガソリン自動車の祖先は、1890年代以降に米国人のチャールズとフランクのデュリエ兄弟によって生み出された後、今日のピッグ3の一角を成すヘンリー・フォードが歴史の表舞台に登場するまで、あとわずか6年ほど。
20世紀を目前にした1890年代は、現代でいうIT革命の黎明期と同じで、米国内で自動車社会の生育が急速に進んだ時期と言えるだろう。

〜フォード、GM、クライスラー、ビッグスリーの登場〜
●そんな米国における自動車技術の変遷は、別の機会にゆずりたいが、1897年、早くも量産ガソリン自動車メーカーとして公式に旗揚げをしていたウィントン・モーター・キャリッジの入社面接でヘンリー・フォードが採用不可の烙印を押され、また同社自慢の最新車両をジェイムズ・ウォード・パッカードが買うなど、現代の米国自動車業界の礎を築いた人物の名前が歴史上に浮上し始めるのもこの頃である。

●最初の雄、フォードが頭角を現したのは、当時のトップメーカーであったオールズモビルを車両の生産台数で抜いた1906年以降のこと。
それは自動車史の金字塔と称えられるモデルT登場の2年以上前のことで、フォードは量産自動車メーカーとしての不動の地位を、この頃からすでに確立していた。

●昨今ことあるごとにM&Aの噂がつきまとうゼネラルモータースことGM。
同社の誕生は、馬車事業で成功したウイリアム・クラポー・デュラントが、1904年にディヴィッド・ダンバー・ビュイックの自動車事業に参画。株による支配権で生産組織を再編成したことがその発端となっている。

〜経営理論を駆使、ベンチャーさながらの初代創業者〜
●1908年にデュラントは、ビュイック社の創業者へ10万ドルを与えることと引き替えに彼を更迭し、同年9月にジェネラル・モータースを創設した。さらに同年末にはオールズモビルを傘下に。翌年の1909年5月にボンティアックの前身とも言えるオークランドを、同7月には通常、株式発行で行う企業買収を異例の440万ドルの現金を用いてキャデラックを手中に収める。

●GMはこうした自動車メーカー統合の流れのなかで、キャデラックやシヴォレーなどのブランド別に企業内に「事業部制」を取り入れ成功を収めた企業として、今でも企業経営の教科書に名を連ねている。
先般、松下のブランドを棄てたパナソニックは、この事業部制を棄てて新たな企業形態の模索を始めたが、現代の多くの企業において事業部制はごくあたりまえの組織形態として利用されている。
ただしGMの企業形態は事業部制とは言っても、企業の核となる「カネ」以外の「モノ」や「ヒト」は、日本企業の事業部制とは違い、完全に分離独立しており、GM自体は日本で言う持ち株会社の形態に近いものだ。

〜プロダクトライフサイクルを活かした企業運営〜
●ちなみにGMが持つ複数ブランド毎のディビジョンカラーは、日本メーカーの「カローラ」や「クラウン」などの車名とは比較にならない強いブランドアイデンティティを持っている。
あくまでも例えではあるが、成功した企業経営者に向けたキャデラック、文化人や弁護士などをターゲットとしたビュイック、フランス人創始者のイメージを受け継ぎ若々しいスポーツ感を押し出したジヴォレーなど、ブランド間の企業内競争を加速させたことで、いつの時代も消費者ニーズを捕らえ続けることに繋がり、またその競争原理が事業部制の欠点とも言える生産効率の不効率を補ってきた。
つまりGMにとっては、これらのブランドアイデンティティーこそが自動車メーカーとしての大きな強みのひとつとなってきたのである。

●一方、常々ことある毎にGMの買収先として取り立たされることが多いクライスラーの始まりは、オールズモビルなど当時米国の自動車黎明期のなかで腕を磨いた自動車技術者であるジョナサン・D・マックスウェルが、板金製品で財を成したベンジャミン・ブリスコーと組んで1904年に創設したマックスウェル・ブリスコーが基点となっている。具体的なクライスラー誕生は以降、企業統合を重ねた後の1920年代になってのことである。

〜純粋なアメリカンスピリットが裏目に〜
●そんなクライスラーは今日、技術・スタイル面で先鋭感を押し出す「クライスラー」、オフロードのエキスパート感を持つ「ジープ」、アグレッシブかつパワー感ある「ダッジ」の3つのブランドを有する。
けれどもGMのようなブランド毎の事業部間競争で成功するこが出来ず、また販売車両の完成度という面で、クライスラーは特に車両の完成検査が甘かったこと、販売後のアフターケア面での不備が尾ひれを生んだこと、加えてダッジが持つアメリカンマッスルカーの純血イメージを、今日の米国に於いて社会情勢と合致させていくことにも失敗した。

●かたや米国自動車メーカーの優等生であったGMも、今では巨額の年金・退職者医療の債務を抱えていて、2008年現在、6兆円を超える債務超過がある。もちろん株主配当も停止されており、金融市場からの資金調達も困難。現段階ではクライスラーとの合併話は、双方の強みを生かせない状態の弱者連合でしかない。

●本来、米国内で自動車を買うとき、1900年代半ばまでの米国車は掛け値なしの信頼性で売れていた。
対して輸入車は、一部の酔狂な好奇心で買うものと考えられていたのだが、この常識は1970年代に入って以降すっかり逆転した。
自動車市場でビッグ3が日本メーカーに敗れた理由については、世界のエコノミストたちによって様々に言われているが、むしろ自動車メーカーの運営を、生産コストの削減やマーケティングなど、経営を徹底的に理論化した人たちによって企業運営がなされてきたこともひとつの要因だろう。
成功した企業の多くは卓越した発案者や技術者と、優れた経営センスを持つ企業家によって生み出されている。これは企業成功のためのまさにクルマの両輪であり、いずれか片方だけでは決して成功はおぼつかない。

〜次世代自動車産業の成功を掴むのは米国か?〜
●どの企業も事業規模が拡大するにつれ、経営理論を駆使した組織運営を行うようになるが、それは同時に企業アイデンティティの喪失を伴うことがある。それは今日、日本でのソニー、ホンダに現れている通りである。
ホンダに関しては1990年代の2代目レジェンド開発期に、同社内で世代を超えた数多くの開発者から意見を聞く機会があり、その際に筆者はホンダ創業期の精神を受け継ぐ旧世代と、新しいホンダを目指す新世代というふたつのジェネレーションギャップが存在していることを認識したことがある。

●もちろんホンダやソニーがいつまでも過去の成功にしがみついている必要はなく、企業としていずれは新しい地平を目指すべきなのだろう。また自動車マーケットも、かつて趣味性やステイタスを大切にしていた消費世代が縮小、もはや自動車は純粋な耐久消費財としての役割を果たすことが本流になっているということなのかも知れない。

●しかし一方で、同社が自動車業界で大きな存在になっていくなか、自動車に機能以上のものを求める消費層により、例えば日本では、21世紀を迎え、輸入車販売の拡大が起こっている。
自動車が純粋機能に徹するモノと、機能以上のものを持つモノに二分化されるなか、米国は、GMやクライスラーは何を目指し、世界の消費者層からどんな新しいニーズを引き出すのか。20世紀の100年間、世界を牽引してきた米国自動車メーカーたちにはその解答を生み出す知見と歴史の蓄積があるはずだ。
1970年代にモノ造りで日本に敗れた後、経済分野で新たな競争市場を打ち立て未曾有の成功と破綻を経験した米国。同国が自動車市場で新たな勝利を目指すことになった際、日本はそれにどう立ち向かうのか。EU圏を中心に米国破綻のシナリオが描かれるなか、米国自動車業界の反撃の行方をシッカリ見守りたい気持ちである。

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2008/11/02

エネルギー制御を巡るしたたかな企業戦略

〜三洋電機が選んだ選択と集中〜
●11月を迎える直前になって、パナソニックが三洋電機を合併するという噂が電機業界を駆け巡った。
 その話題の主である三洋電機は、この数年来、業績低迷の要因となっていた事業を躊躇なく切り離し、本来得意にしていた業務機器部門と共に、太陽電池や二次電池事業に集中してきている。

〜蓄電池で世界一位のシェアを獲得〜
●このため同領域で同社は、日本国内での競争を抜け出し、国際的に極めて高い技術力を持つに至っている。
 特にリチウムイオン電池では、もはや国内業界大手の「パナソニックを押さえる」という次元ではなく、文字通り世界一のシェアを握っているのである。

〜太陽電池で敗北したパナソニック〜
●つまり三洋電機としては、例え電機業界の雄「パナソニック」が相手と言えども、もはや他社に買収されなければならない理由や弱みはあまり持ち合わせていない。
 一方、パナソニックは同獲得劇の実現で得られるであろう効果は計り知れない。
というのは、太陽電池開発競争で、既にパナソニックは事実上敗北を喫していて、国際的なR&D競争から清く撤退しているからである。
このためパナソニックにとっては、三洋電機の卓越した技術は、国際環境において極めて短期間で、国際競争力を持つための切り札となる。

〜両者に含まれる合従連衡の弊害〜
●ただし合従連衡の形次第では、お互いにマイナス要因が発生しないとも限らないところもある。
というのは未だ双方の企業共に総合電機メーカーとして家電事業や半導体事業で、激しく競合している領域が確実に存在しているからである。
 このことから完全合併しても、単純に売上が2倍にはならない。
けれども近年のこうした巨大企業の合併・合従ではそうした経済効果だけが、決して焦点ではなかったりする。

〜経済環境だけではない理由を探る〜
●例えば企業体力として近年、俄然注目を集めている領域には、個々企業の持つ「特許数」や「特許内容」も大きなポイントになるからだ。
日本の特許庁行政年次報告による2005年の実績では、パナソニックが申請特許数で15600件余。他方、三洋電機の出願件数は3400件余だ。
 その内容は、今回話題となっているリチウムイオン電池関連の特許において、三洋電機、パナソニック、ソニーが三強体制となっている。

〜次世代エネルギー制御の核を握る〜
●一方自動車分野で、三洋電機は今春以降、常に台風の目であり続けている。
 今年5月末には来る2015年までのハイブリッド車用のリチウムイオン電池事業に約800億円の投資計画を発表。独フォルクスワーゲンと電池システムの共同開発に取り組む。
 加えて現在、自動車の実用バッテリーとして主流となっているニッケル水素電池に比べ、体積当たりの出力が2倍を超えるリチウムイオン電池開発にも精力的に取り組んでいる。

〜選択と集中が呼び込んだ成功〜
●三洋電機の自動車メーカーとの協業体制は、他にも数挙のいとまがなく、すでに米国フォードのHEVエスケープ・ハイブリッドにバッテリーシステムの供給を開始済。
また本田技術研究所ともHEV用高性能二次電池の共同開発を進め、欧州地域で永年、燃料電池自動車用のニッケル水素電池の開発提供をしてきたメルセデス・ベンツへは、Aクラス搭載への二次電池を供給。HEV用電池の共同開発でもパートナーシップを鋭意強化中である。

〜もはや三洋のライバルは世界になし〜
●先の800億円の事業投資発表の際に、三洋電機取締役副社長・執行役員部品事業担当の本間充氏は、「2020年に市場の40%のシェアを目指している。石油や天然ガスといった天然資源は、必ず枯渇する。当社はニカド電池、ニッケル水素電池、リチウム電池と44年間積み重ねてきた二次電池の開発実績があり、HEV用リチウムイオン電池の生産技術力面ではどの会社もライバルではない」と自信が溢れていた。

〜したたかさが企業の強さを呼び込む〜
●従ってこのニュースが、本当に実現するのであれば、合併による事業効率追求や、互いにないモノを出し合って手強いライバルに対抗しようという、消極的なスタンスでは決してあり得ない。
 もしも可能性があるのなら、そこには戦略的価値を見いだしてのことであろう。そういう意味では、目下マスメディアおいて話題の中心になっているパナソニックよりも、むしろ三洋電機の方にしたたかな計算があってのことだと筆者は思えてならない。

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