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2008/11/09

GM・クライスラーの再生・反撃のゆくえ

〜世界の自動車社会を牽引してきた100年〜
●米国は、1906年に3万3200台の乗用車を造りフランスを抜いて以降、ほぼ1世紀に迫る80年以上もの間、自動車業界という社交界において常に名士であり続けてきた。
それは良くも悪くも文化面で、ドライブインやモーテル、メガストアなど道路に付帯した商業施設や商業圏を形成・確立させたこと。自動車の走行環境と言う機能面の構築でも、多層構造のパーキングシステムやパーキングメーター、現代社会でごくあたりまえになった信号機のある交差点、複数車線を持つ自動車専用のフリーウェイの存在など、今日、多くの国でデフォルトとなった自動車を取り巻く生活環境造りを担ってきたという歴史の裏打ちがある。

●そんな米国も今から200年前の1800年代初頭においては、広大な国土と可能性を秘めているとされる今日の中国と同様、大西洋を隔てた地の果てにある「途上国」のひとつに過ぎなかった。
その当時、世界の技術革新の中枢は欧州に集中しており、1700年代半ばに蒸気技術を足掛かりに英国圏で始動した産業革命も、その影響力が米国に及ぶまでには、およそ半世紀以上の時間を必要としたのである。

〜約束の地で育まれた自動車産業の礎〜
●当時の米国は、同年代の日本と同様、輸送手段としては陸路よりも河川の方が遙かに優れていた時代で、また大半の工業製品は欧州からの輸入に頼り切っていた。
そんな米国の自動車社会の曙は、日本での山羽式乗合自動車と同じく商用車からスタートを切ったものではあるが、その時期は日本の自動史の黎明期よりも1世紀以上も前の1805年にさかのぼる。

●現代IT産業のメッカであるシリコンバレーと同じく、1800年代当時の米国には、現在のデトロイトとは異なる自動車創造の集積地があった。それはニューイングランド6州のひとつであるマサチューセッツ州で、米国の自動車産業の基礎はここで築かれた。
具体的には1805年に時の大統領であるジョージ・ワシントンの肝入りで、ネイサン・リードが設計した蒸気推進車両が市街を走り、1826年のトーマス・ブランチャードによる8人乗りの乗合自動車の誕生を経て、1840年に英国人技師のホウルラプセイ・ホッジの手になる自走式消防車が米国の街を走り始めている。

●現代の米国産業の礎を築いたガソリン自動車の祖先は、1890年代以降に米国人のチャールズとフランクのデュリエ兄弟によって生み出された後、今日のピッグ3の一角を成すヘンリー・フォードが歴史の表舞台に登場するまで、あとわずか6年ほど。
20世紀を目前にした1890年代は、現代でいうIT革命の黎明期と同じで、米国内で自動車社会の生育が急速に進んだ時期と言えるだろう。

〜フォード、GM、クライスラー、ビッグスリーの登場〜
●そんな米国における自動車技術の変遷は、別の機会にゆずりたいが、1897年、早くも量産ガソリン自動車メーカーとして公式に旗揚げをしていたウィントン・モーター・キャリッジの入社面接でヘンリー・フォードが採用不可の烙印を押され、また同社自慢の最新車両をジェイムズ・ウォード・パッカードが買うなど、現代の米国自動車業界の礎を築いた人物の名前が歴史上に浮上し始めるのもこの頃である。

●最初の雄、フォードが頭角を現したのは、当時のトップメーカーであったオールズモビルを車両の生産台数で抜いた1906年以降のこと。
それは自動車史の金字塔と称えられるモデルT登場の2年以上前のことで、フォードは量産自動車メーカーとしての不動の地位を、この頃からすでに確立していた。

●昨今ことあるごとにM&Aの噂がつきまとうゼネラルモータースことGM。
同社の誕生は、馬車事業で成功したウイリアム・クラポー・デュラントが、1904年にディヴィッド・ダンバー・ビュイックの自動車事業に参画。株による支配権で生産組織を再編成したことがその発端となっている。

〜経営理論を駆使、ベンチャーさながらの初代創業者〜
●1908年にデュラントは、ビュイック社の創業者へ10万ドルを与えることと引き替えに彼を更迭し、同年9月にジェネラル・モータースを創設した。さらに同年末にはオールズモビルを傘下に。翌年の1909年5月にボンティアックの前身とも言えるオークランドを、同7月には通常、株式発行で行う企業買収を異例の440万ドルの現金を用いてキャデラックを手中に収める。

●GMはこうした自動車メーカー統合の流れのなかで、キャデラックやシヴォレーなどのブランド別に企業内に「事業部制」を取り入れ成功を収めた企業として、今でも企業経営の教科書に名を連ねている。
先般、松下のブランドを棄てたパナソニックは、この事業部制を棄てて新たな企業形態の模索を始めたが、現代の多くの企業において事業部制はごくあたりまえの組織形態として利用されている。
ただしGMの企業形態は事業部制とは言っても、企業の核となる「カネ」以外の「モノ」や「ヒト」は、日本企業の事業部制とは違い、完全に分離独立しており、GM自体は日本で言う持ち株会社の形態に近いものだ。

〜プロダクトライフサイクルを活かした企業運営〜
●ちなみにGMが持つ複数ブランド毎のディビジョンカラーは、日本メーカーの「カローラ」や「クラウン」などの車名とは比較にならない強いブランドアイデンティティを持っている。
あくまでも例えではあるが、成功した企業経営者に向けたキャデラック、文化人や弁護士などをターゲットとしたビュイック、フランス人創始者のイメージを受け継ぎ若々しいスポーツ感を押し出したジヴォレーなど、ブランド間の企業内競争を加速させたことで、いつの時代も消費者ニーズを捕らえ続けることに繋がり、またその競争原理が事業部制の欠点とも言える生産効率の不効率を補ってきた。
つまりGMにとっては、これらのブランドアイデンティティーこそが自動車メーカーとしての大きな強みのひとつとなってきたのである。

●一方、常々ことある毎にGMの買収先として取り立たされることが多いクライスラーの始まりは、オールズモビルなど当時米国の自動車黎明期のなかで腕を磨いた自動車技術者であるジョナサン・D・マックスウェルが、板金製品で財を成したベンジャミン・ブリスコーと組んで1904年に創設したマックスウェル・ブリスコーが基点となっている。具体的なクライスラー誕生は以降、企業統合を重ねた後の1920年代になってのことである。

〜純粋なアメリカンスピリットが裏目に〜
●そんなクライスラーは今日、技術・スタイル面で先鋭感を押し出す「クライスラー」、オフロードのエキスパート感を持つ「ジープ」、アグレッシブかつパワー感ある「ダッジ」の3つのブランドを有する。
けれどもGMのようなブランド毎の事業部間競争で成功するこが出来ず、また販売車両の完成度という面で、クライスラーは特に車両の完成検査が甘かったこと、販売後のアフターケア面での不備が尾ひれを生んだこと、加えてダッジが持つアメリカンマッスルカーの純血イメージを、今日の米国に於いて社会情勢と合致させていくことにも失敗した。

●かたや米国自動車メーカーの優等生であったGMも、今では巨額の年金・退職者医療の債務を抱えていて、2008年現在、6兆円を超える債務超過がある。もちろん株主配当も停止されており、金融市場からの資金調達も困難。現段階ではクライスラーとの合併話は、双方の強みを生かせない状態の弱者連合でしかない。

●本来、米国内で自動車を買うとき、1900年代半ばまでの米国車は掛け値なしの信頼性で売れていた。
対して輸入車は、一部の酔狂な好奇心で買うものと考えられていたのだが、この常識は1970年代に入って以降すっかり逆転した。
自動車市場でビッグ3が日本メーカーに敗れた理由については、世界のエコノミストたちによって様々に言われているが、むしろ自動車メーカーの運営を、生産コストの削減やマーケティングなど、経営を徹底的に理論化した人たちによって企業運営がなされてきたこともひとつの要因だろう。
成功した企業の多くは卓越した発案者や技術者と、優れた経営センスを持つ企業家によって生み出されている。これは企業成功のためのまさにクルマの両輪であり、いずれか片方だけでは決して成功はおぼつかない。

〜次世代自動車産業の成功を掴むのは米国か?〜
●どの企業も事業規模が拡大するにつれ、経営理論を駆使した組織運営を行うようになるが、それは同時に企業アイデンティティの喪失を伴うことがある。それは今日、日本でのソニー、ホンダに現れている通りである。
ホンダに関しては1990年代の2代目レジェンド開発期に、同社内で世代を超えた数多くの開発者から意見を聞く機会があり、その際に筆者はホンダ創業期の精神を受け継ぐ旧世代と、新しいホンダを目指す新世代というふたつのジェネレーションギャップが存在していることを認識したことがある。

●もちろんホンダやソニーがいつまでも過去の成功にしがみついている必要はなく、企業としていずれは新しい地平を目指すべきなのだろう。また自動車マーケットも、かつて趣味性やステイタスを大切にしていた消費世代が縮小、もはや自動車は純粋な耐久消費財としての役割を果たすことが本流になっているということなのかも知れない。

●しかし一方で、同社が自動車業界で大きな存在になっていくなか、自動車に機能以上のものを求める消費層により、例えば日本では、21世紀を迎え、輸入車販売の拡大が起こっている。
自動車が純粋機能に徹するモノと、機能以上のものを持つモノに二分化されるなか、米国は、GMやクライスラーは何を目指し、世界の消費者層からどんな新しいニーズを引き出すのか。20世紀の100年間、世界を牽引してきた米国自動車メーカーたちにはその解答を生み出す知見と歴史の蓄積があるはずだ。
1970年代にモノ造りで日本に敗れた後、経済分野で新たな競争市場を打ち立て未曾有の成功と破綻を経験した米国。同国が自動車市場で新たな勝利を目指すことになった際、日本はそれにどう立ち向かうのか。EU圏を中心に米国破綻のシナリオが描かれるなか、米国自動車業界の反撃の行方をシッカリ見守りたい気持ちである。

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